葉山通信
2022年6月・記

子どもの頃、よく母に言われました。
「貴女はペンと紙を持って生まれたのよ」
もの心つく前から、誰に教わったわけでもなく
手近にある紙に絵を描いていたそうです。

朝、目を覚ますと一番に
「今日も絵が描ける!」と飛び起き、
夜、眠い目をこすりながら、しぶしぶ思う事は
「明日も描けるんだから今日は寝よう」。

家の障子や襖、新聞広告の裏、あらゆるノートや
教科書のわずかな縁のスペースにまで、ただひたすら
一日中、絵を描き続けていたのを覚えています。

上京し、プロデビューを果たした20歳の夏から50年、
一時期体調不良で描けなかった数年をのぞけば
私の人生は「描き続ける毎日」の一言に尽きるでしょう。

今、振り返ってみると、人生のあらゆる分岐点での人との出逢いがなければ
───ここまで続けてくる事は叶わなかったかもしれません。

特に編集の方とのご縁は私にとって生涯の財産だと言えます。
高校時代に投稿した作品のご縁で
最初の担当になってくださった編集さんは、絵ばかり描いていた私に
ストーリー作りのノウハウから教えてくださいました。

その後、出版社が変わるたびに何人もの編集さんと出逢い
多くの事を学ばせていただきました。

そして、2004年。
平凡社の編集さんにお会いする機会があり、お話を進めていくうちに
「SWAN次世代の作品を発表するための本を創りましょう」
とおっしゃっていただいた事は、私にとって、その後の人生の
大きな悦びと自信に繋がったのです。

「SWAN MAGAZINE」の編集長には、本当に好きなように好きなだけ
我がまま言いたい放題の作品を描かせていただきました。
言葉にならないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。

私の作家人生を惜しみなく支えてくださった
有能なアシスタントさんたち、情熱ある編集者の方々、
触発を受けた多くの振付家、ダンサー達、
そして、長年にわたって寄り添ってくださった温かい読者の応援に
今──あらためて心からの感謝の言葉を贈りたいと思います。

また、いつか皆様とお会いできますよう願いを込めて……。

──ありがとうございました──!!

平凡社のトップページへ | プライバシーポリシー | オンラインショップご注文方法